カラヤン&ベルリン・フィルの黄金時代の研究サイト。カラヤンファンの私がカラヤンとドイツの名門ベルリンフィルの素晴らしさお伝えします。

ベルリンフィルのスタープレーヤーだったジェームズ・ゴールウェイ(Fl)

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元ベルリンフィル首席フルートのジェームズ・ゴールウェイについて在籍時のエピソードなどをご紹介致します。

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◆世界最高のフルート奏者 ジェームズ・ゴールウェイ

私が尊敬する元ベルリン・フィル首席フルート奏者のサー・ジェームズ・ゴールウェイ(1939年北アイルランド・ベルファスト生まれ)は1969年から1975年まで籍を置いた、まさに黄金時代を支えた一人なのです。ゴールウェイの音色は、他の者には絶対に真似のできない大変洗練された音質であり、まさに芸術品と呼ぶにふさわしいものでありました。

↓私が好きなシューベルトのアルペジオーネソナタ。かなり前ですが、来日した時の映像です。

◆英国の一流オケに在籍

ゴールウェイはロンドンの王立音楽院とギルドホール音楽学校、そしてパリ音楽院に学び、サドラーズ・ウェルズ・オペラとコヴェント・ガーデン王立歌劇場でオーケストラのフルーティストとして第一歩を踏み出しました。

そこで7年間つとめた後、BBC交響楽団、ロンドン交響楽団、ロイヤルフィルに在籍することになります。

◆ベルリンフィル入団オーディション

そうした中、ベルリンフィル首席フルートのカールハインツ・ツェラーの独立によりソロフルートのポストが空き、1969年1月27日、ミュンヘンのドイツ博物館でソロ・フルートのオーディションが行われました。

この日多数の応募者が訪れ、ゴールウェイは遅刻して登場し、最後の演奏となった。しかし、彼の演奏は素晴らしく、特にその音色の多様さと音楽性に著しい特長がありメンバーを驚喜させたのです。ゴールウェイ自身も、”少なくともカラヤン着任後は私を越えるフルート奏者はいなかった筈である”と語っています。

彼もまたベルリン・フィルの弦楽器、特にチェロ軍団には「ケタ外れのテクニックと音色」と評価しています。
楽団員が互いに驚きあっているというのだから、それを聴く側はもっとたまらない。実際に黄金時代の生演奏など、終始鳥肌モノであっただろうことは想像に難くない。

こうしてゴールウェイはその年の1月29日に世界的に有名なベルリン・フィルのソロ・フルートというポストを手に入れたのです。

◆ゴールウェイベルリンフィル退団

入団から6年ほどが経過し、オケの人間関係に馴染めなかったゴールウェイがカラヤンに辞意を伝えると、カラヤンはオーボエのコッホらに引き止め工作を依頼しましたが、時すでに遅しでした。結局ゴールウェイはたった6シーズンでベルリンフィルを去ってしまいました。(1975年7月に退団)

ちなみに今はわかりませんが、当時のベルリンフィルの定年退職時は金の腕時計(ロレックス?)と小切手をもらえたらしいです(ドキュメンタリー番組で言ってました)。

なお、ベートーヴェン交響曲全集では、3番、7番、8番において、ゴールウェイの若き日の貴重な演奏風景を見ることができ、ファンにとっては感動モノです。

ちなみにゴールウェイは日本のフルートをずっと愛用しています。
ムラマツフルートです。世界でも多くのトッププレイヤーが愛用するムラマツはアマチュアの憧れの的ともなっています。

↓はゴールウェイのドキュメンタリーです。1979年に収録されたものですが、番組の途中でカラヤンからのビデオレターが突然映され「ハロー!ジミー」。これにはゴールウェイも思わず爆笑。カラヤンの笑顔の中にも寂しそうな表情にゴールウェイもちょっとウルウルしています(39分45秒付近から)。

カラヤンにとってベルリンフィルにとって、あの華やかなフルートの音色がなくなってしまうのは相当痛手であったことに間違いはないでしょう。彼に代わる奏者が見つからず、ゴールウェイと入れ替わりで退団したカールハインツ・ツェラーを呼び戻したエピソードがあります。

下のは1973年来日時、NHKホールで行われたドボルザークの交響曲第8番のリハーサル模様です。冒頭でゴールウェイが出てきます。ものすごくいい音出してますね。特に18:53分からのソロ。類まれな才能が炸裂しています。

もうかなり前ですが、1988年頃に昭和女子大人見記念講堂に来た時にモーツァルトの協奏曲を聴きに行ったことがあります。音色の素晴らしさや音量のコントロールなど感動しまくりでした。

◆ゴールウェイ語録

ここではゴールウェイの自叙伝からカラヤンやベルリンフィルについての興味深い一節をピックアップしてご紹介したいと思います。

世界中に轟くカラヤンとベルリンフィルの名声

議論の余地なくすべての指揮者中の皇帝と目されているに違いない人間と共に演奏するという考えには無限の吸引力がありました。ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニーは、さながら導きの星のようにそんな私を招き寄せたのです。

オーディション

カラヤン「よし、次はカデンツァ(モーツァルト)を吹き給え!」、「よろしい、良かった。次はダフニスとクロエ」だ!、「牧神の午後だ!」「よろしい、次は英雄の生涯をやり給え。」そして次にブラームスの4番が終わると「外で待ち給え!どうもありがとう」とカラヤンは言った。

合格

シュトレーゼマン博士(BPO事務局長)は私に向かって真っ直ぐ歩を進めると、いきなり私の手をぐっと掴み、力強く振りながら「ゴールウェイさん、」と重々しく言った。「おめでとう!いまやあなたはベルリン・フィルハーモニーの首席フルートですぞ。さて、いつから仕事が始められますかな。」

団員の凄まじいプライド

ベルリンフィルハーモニーというオーケストラでは、メンバーひとりひとりが強い自己主張を持っており、ほかのだれにも勝って(まさって)自分が光彩を放とうとしているという事実を、つくづく身にしみて感じ取っていました。

ローター・コッホ

本番中譜面を落としそうになったことを、演奏終了後ローター・コッホ(Ob)に言ったら返ってきた言葉がこうだ。「そんな話僕にはまったく興味がないよ」

ベルリンフィルのステータス

私はおそらく生まれて初めてここで、世にステータスと呼ばれているものがどんなものかを肌で知ることになったのだった。ここでは、ベルリン・フィルの第一フルートの職といえば、音楽の世界の外に住む人々にとっても一廉(いちだんとすぐれていること)の意味を持っていました。

芸術家カラヤンとベルリン・フィルのロック奏者ゴールウェイ

写真であろうと映画やテレビであろうと、ハービー(カラヤンの愛称)は絶対に私の姿をカメラに撮らせなかったのです。私が演奏する番が来ると、カメラは画面に私の姿が映らないように角度を変えるのです。これには参った。

自宅でベートーヴェン交響曲第8番演奏会

新居となった住まいは文句のつけようのない素晴らしいもので、ある年のクリスマスにはなんと楽員全員を招待できたほど広かった。この時、近所の人たちへのサービスとして、わがベルリン・フィルハーモニーによるベートーヴェンの第八交響曲が、わが家において無料で演奏されました。

孤独

周囲の環境に適応することができないまま、私は精神的に多くの問題を抱えていました。私にはまともに話し合える人が全然いなかった・・・。

◆あとがき

ゴールウェイは実はバツイチで、ベルリン・フィル在籍中に離婚し、そして再婚しています。前妻との間にもうけた子どもは現在第一級のトランペット奏者になっているそうです。

ベルリンフィル時代は話し合える人がいなかったようですが、ベルリンフィルの人たちが性格が悪いとかというのではなく、恐らくですが、極めて真面目な人たちだったような気がします。気さくなゴールウェイが冗談を言って返してくれるような人がいなかったのだと思うんです。

そういう人間関係だったようですが、それでも6シーズン在籍してくれたおかげで、アルルの女、ブラームス4番、ベートーヴェン7番、ドボルザーク8番、牧神の午後からの前奏曲、ペールギュントの朝など、フルートが活躍する数々の華々しいレコーディングを残してくれたことはとても有難いことだと思っています。

それにしても、「数十年ぶりにゴールウェイ古巣に帰る」なんてイベントがあったら面白いんですがね。

数十年ぶりにベルリンフィルのフルート奏者として、交響曲とか吹いてもらいたいです。

なお、私が初期に買ったレコードにゴールウェイものがありますのでよろしければご覧ください。

そのレコードのジャケットで彼がバイク事故(あてられた)にあったことを知りました。

ジェームズ・ゴールウェイ公式サイト

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