カラヤンとベルリンフィル研究サイト

帝王カラヤンの最期(死因)とその時の様子

2021年9月1日

帝王カラヤンの最期(死因)についてその時の様子も含めてご紹介致します。

カラヤンの死因とは?

自宅で大賀氏との談笑中に急逝

カラヤンから絶大な信頼を受けていた元SONY会長の大賀典雄(おおがのりお)氏は1989年7月16日、つまりカラヤンが他界したその日、死の直前までザルツブルク邸でカラヤンと最新の録音録画技術について話をしていたそうです。

カラヤンは最後の数年間は健康状態が思わしくなく、この日は寝室で大賀氏らと談笑していたようです。

カラヤンの執事が「主治医が心電図を取りに来ました」と伝えるとカラヤンは「そんなものは後でよい、今もっと大事な話をしているので誰も入れるな」と言ったそうです。

それから20分ぐらいして大賀氏の目の前で突然息を引き取られたのです(午後1時30分)。

心臓発作と伝えられています。

救急隊がヘリコプターで到着して必死の手当てをしましたが、息を取り戻すことはありませんでした。ヘリで病院に搬送する前にすでに死去したと伝えられています。

すぐにエリエッテ夫人も部屋に駆け付けたようですが、カラヤンの最期を看取ったのが大賀氏らでした。

なんでも、ヨーロッパの新聞に「帝王カラヤン、家電屋の腕の中で眠る」とかなんとか書かれたようです。

そして、カラヤン家は誰にも相談することなく、翌日月曜の午後9時に遺言に従いカラヤンをアニフの教会の墓地に埋葬したのです。

元々カラヤンは心臓と背中(腰)に持病をかかえていたようです。晩年はコルセットを付けて指揮台に立っていました。

背中に関しては、なんでも1920年頃に友人と登山中にケガ(滑落?)をしたとのことです。その傷が古傷として残っていたようです。

偉大な夫を失ったエリエッテ夫人のショックは凄まじく、カラヤンがレコーディングした音楽を長い間聴くことすらできなかったと伝えられています。

ソニー大賀典雄氏との関係

カラヤンは大変な親日家でした。特にソニーの大賀典雄会長との親交は厚く、何でも相談する程の信頼を寄せていたようです。

ドキュメンタリー映画「カラヤンインザルツブルク」では大賀氏との対談風景が少し見られます。ポルシェターボの素晴らしい加速感の話や、自家用ジェット機を選ぶ際は今度から大賀氏の意見を聞くようにしたいと言っていますね。

カラヤンの父親は認知症みたいだったので自分はそうなりたくないせいか、車やジェット機、バイクなどスピードが出るものが一番頭がボケないと思って自ら操っていたようです。

大賀氏はカラヤンの最期を看取った方として有名ですが、その大賀氏も2011年4月23日、奇しくもカラヤンと同じ81歳3か月で生涯を終えたのです。

なお、カラヤン最後の指揮はウィーンフィルとのブルックナー交響曲第7番となりました。

ネットでカラヤンのお墓を見よう

お時間ありましたらカラヤン邸とお墓もご覧ください。

オーストリアのアニフ村にあるカラヤンのお墓に行かれた方の動画を見ることができます。


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