ベルリンフィル創立100周年記念コンサート|カラヤンが見せた奇跡の《英雄》と黄金期の最終到達点

1982年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は創立100周年という大きな節目を迎えました。 4月から5月にかけて記念シリーズのコンサートが行われ、初日はモーツァルトの交響曲第41番《ジュピター》と、ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》という豪華なプログラムで幕を開けます。
実は当初、《第九》が取り上げられる予定でした。しかし、より祝祭感と躍動感を強く表現できるこの2曲に変更されたと言われており、結果として歴史に残る名演が生まれることとなりました。
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黄金時代のメンバーがまだ健在だった奇跡の時期
この時期のベルリンフィルは、カラヤン黄金時代を支えた名手たちが多く在籍していた最後の頃でもありました。 コンサートマスターはミシェル・シュヴァルベ。 クラリネットのカール・ライスター、ホルンのギュンター・コッホなど、伝説的メンバーが揃っていた“最後の贅沢”とも呼べる時代です。
オーケストラ全体に張りつめた凄まじい集中力があり、「創立100周年の最初の一撃」としての気迫が映像越しにも伝わってきます。

《英雄》はカラヤン晩年最大級の名演
この日の《英雄》は、カラヤンとベルリンフィルの録音史の中でも屈指の名演として語り継がれています。 猛烈な推進力、鉄壁のアンサンブル、鳴り切った金管。まさに黄金期の総決算ともいうべき完成度です。
第一楽章の主題提示からして尋常ではなく、弦の深い呼吸感、金管の輝き、そして打楽器が支える圧倒的な土台。 “これこそベルリンフィルの音”と言わんばかりの圧巻の響きがホールを支配します。
私自身、この《英雄》は現在でも度々見返すほど気に入っており、何度聴いても新しい発見があります。 特にコーダ部分の爆発的なエネルギーは、聴くたびに心が震えるほどの迫力です。
カラヤン自身も感動した第一楽章
ベルリンフィルの写真集には、第一楽章終了後、カラヤンが思わず感動した表情を見せたという記述があります。 その写真では、渾身の演奏をやり切った団員たちと、それに応えるように目を潤ませたようなカラヤンの姿が写し出されています。

100周年という特別な舞台で、団員の士気が極限まで高まっていたことは想像に難くありません。 ステージ全体を覆う“熱の塊”のような気配こそ、この演奏会が特別であった証拠です。
ヘルニアを抱えながらも立ち続けた74歳の巨匠
当時74歳のカラヤンは椎間板ヘルニアを患い、長時間立っていることすら困難な状態でした。 それでも彼は一度も座らず、最後まで指揮台に立ち続けたのです。
この背景を知ると、動画に残る彼の指揮姿がより深く胸に迫ります。 音楽監督としての責任、ベルリンフィルへの愛情、そして観客への敬意。 それら全てを背負い、音楽とともに生きる姿勢を示した瞬間だったのでしょう。
当日は著名人も来場し、歴史的な夜となった
この記念すべき演奏会には、エリエッテ夫人、次女アラベラ、さらにドイツのヘルムート・シュミット首相も訪れていました。 文化的にも政治的にも、ドイツが「ベルリンフィルの100年」を祝福していたことがよくわかります。
この日の《英雄》は、単なる記念演奏ではなく、ベルリンフィルが100年かけて築き上げた芸術の到達点だったのです。
ベルリンフィル創立100周年記念コンサート(映像作品はこちら)
あらためて振り返ると、この夜の演奏は「もし彼がベルリン生まれの指揮者として、正式に音楽監督に迎えられていたら…」という思いすら抱かせるほどの輝きがあります。






