カラヤンとベルリンフィル研究ブログ

カラヤンとファルコン10|自家用ジェットで世界を駆けた指揮者

2025年11月28日 当サイトにはプロモーションが含まれます

カラヤンは、指揮台だけでなく空の上でも操縦桿を握った「パイロット」の顔を持っていました。その象徴が、フランス・ダッソー社のビジネスジェット「ファルコン10」です。

カラヤンの自家用ジェット機ファルコン10や飛行機に関するエピソード、ザルツブルク空港についても簡単にご紹介致します。

カラヤンとファルコン10|自家用ジェットで世界を駆けた指揮者

カラヤンは1949年頃41歳の時に飛行訓練(スイスのアスコナ説、南米チリ説あり)をした後、1952年にスイスで自家用操縦士免許を取得しました。パイロットになることは少年時代からの夢だったようです。

最初は小型プロペラ機、次にビーチクラフト、リアジェットとステップアップし、最終的にファルコン10を愛機として選びました。速度・快適性・デザインのすべてが彼の美意識に合致していました。

本当かわかりませんが、乗客としてコンコルドに搭乗していた時に複数回操縦させてもらったという噂があります。

あと、ニューヨークと東京でボーイング747のフライトシミュレーションを体験したことがあったそうです。

カラヤンの自家用ジェット機

ファルコン10

そのカラヤンは6機の自家用機を保有していて、自ら操縦してベルリンや別荘(フランス、スイス)などへ行っていました。ちなみに最初の飛行機はセスナ172でした。

カラヤンの自家用飛行機ではファルコン10が最も有名です。巡航速度は毎時912キロです。フランスのダッソー社が生産・販売していました。生産は1971年に始まり、1989年まで続けられたとのことです。

ファルコン10は2名乗務・4~7名乗客の小型ビジネスジェットで、1970年代には「最速クラス」と呼ばれた機体です。 短い滑走路でも離着陸でき、機内はコンパクトながら快適。まさに“ヨーロッパを飛び回る芸術家のための理想機”でした。

オーストリア・アニフ村の自宅からザルツブルク空港まで約15km(車で約30分ほど)ぐらいなので、自家用車感覚でベルリンや別荘に行っていたものと思われます。

ちなみにザルツブルク空港からベルリン・ブランデンブルク国際空港まで1時間ちょっとのフライトで行けたようです。完全に通勤圏内ですね(^^♪

下の動画は自ら操縦してサンモリッツの別荘に行った時のものです。

執事や専属料理人までいて至れり尽くせりですね。

実はすべてを自分で操縦していたわけではない

しばしば「カラヤンは自分のジェットをいつも自分で操縦していた」と語られますが、実際はそうではありません。 カラヤンは確かに正式な操縦資格を持つ“本物のパイロット”でしたが、商業路線並みの長距離移動や悪天候時には、 プロのコーパイロット(副操縦士)を同乗させるのが常でした。

特にファルコン10のようなビジネスジェットは、条件によっては二名乗務が推奨されるため、 カラヤンも離陸・着陸・管制対応の多い区間では専任プロに任せるケースが多かったと伝えられています。 指揮者としての体力と集中を維持する必要があったため、彼自身が常に操縦桿を握っていたわけではなかったのです。

また、音楽祭の直前や連日の公演を控えている時期には、操縦そのものよりも「移動時間を確実にこなす」ことが重要でした。 そのため、往路は自分で操縦しても、復路は専任プロに任せるなど、体調やスケジュールに応じて柔軟に役割を分担していました。

カラヤンにとってファルコン10は、単なる贅沢品ではなく「時間を自分で管理するための道具」でした。 そして最新技術への愛情と完璧主義を象徴する存在でもありました。

空を自在に飛び回る白いファルコン10の姿は、音楽の世界でも徹底して自らのスタイルを貫いたカラヤンの生き方そのもの。 ヨーロッパの空を駆けたそのジェットは、彼の芸術を支えたもうひとつの翼だったと言えるでしょう。

ザルツブルク空港「カラヤンターミナル」

プライベートジェットの乗員と乗客のための専用ターミナル

なお、1999年3月25日、ザルツブルク空港には「ヘルベルト・フォン・カラヤン・ターミナル」というプライベートジェットの乗員と乗客のための専用ターミナルを開設しました。

カラヤンターミナルは、ザルツブルク空港の一般航空(ビジネスジェットや小型機)のための施設として 空港の管理棟エリアに設けられたターミナルです。商業便の出発・到着に使われるメインターミナルとは別に、 プライベート機で訪れるゲストのための落ち着いた玄関口として機能しています。

ターミナル内部のハイライトとなるのが「カラヤン・ラウンジ」です。 ここにはカラヤンの専属カメラマンとして知られるエミール・ペラウアー撮影による 大判写真が壁一面に飾られ、指揮棒やカラヤンの胸像も展示されています。 空港であると同時に、小さな“カラヤン記念館”のような空間になっているのが特徴です。

1999年のオープニングとエリエッテ夫人

カラヤンが亡くなって約10年後の1999年、このターミナルとラウンジは正式にオープンしました。 オープニングにはエリエッテ夫人も出席し、ザルツブルク空港とカラヤン家、 そしてザルツブルク音楽祭とのつながりを象徴するセレモニーとなりました。

以来、このラウンジは世界各国からやって来るビジネス・リーダーや演奏家、 さらには音楽祭シーズンに訪れるVIPたちのための特別な待合スペースとして使われ続けています。 カラヤンの写真と共に時を過ごし、そこからプライベートジェットで飛び立っていく―― そんな体験そのものが、この街の“音楽の伝統”の一部になっていると言えるでしょう。

ターミナルとしての役割と現在の姿

カラヤンターミナルは、単なる記念施設ではなく、一般航空を支える実務的な役割も担っています。 プライベート機の着陸・離陸に関する受付や、ランディングフィーなど各種料金の精算、 クルーやパイロットのサポートなど、ビジネスジェット運航の窓口として機能しています。

また、メインターミナルの喧騒から離れた場所に位置しているため、 静かな環境でチェックインや待機ができるのも特徴です。 空港の案内図にはしっかりと「Herbert von Karajan Terminal」と記されており、 ザルツブルクを訪れる航空ファンやクラシックファンにとっては、ちょっとした“聖地巡礼スポット”ともなっています。

カラヤンのターミナルではありませんが、現在のザルツブルク空港ターミナルの動画をのせておきます。小さな空港です。モーツァルトのお菓子とか売ってていかにもオーストリアらしいですね。

カラヤンもここで軽食でもとってから仕事に向かったのでしょうか。

ザルツブルク空港公式サイト[英語]

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