カラヤン&ベルリン・フィル 1953~1969|24SACDライヴ集を紹介
ヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルの1953年から1969年までのライヴ録音を集めた大型ボックス、『ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/ヘルベルト・フォン・カラヤン放送録音集成 第1集~ライヴ・イン・ベルリン 1953~1969』が、2025年2月28日に発売されました。
ベルリン・フィルの自主レーベル「Berliner Philharmoniker Recordings」が、RIAS(アメリカ占領地区放送局)とSFB(自由ベルリン放送)に残されていた放送用録音をまとめたものです。
収録されているのは1953年から1969年までの23公演。24枚のHybrid SACD/CDに収められ、その多くがこれまで一般には発売されていなかった音源です。
このボックスの最大の面白さは、完成された「カラヤン・サウンド」を聴くことより、カラヤンとベルリン・フィルがそのサウンドを作り上げていく過程を約16年間にわたって追えることだと思います。
1953年から始まるカラヤンとベルリン・フィルの記録
後年のカラヤンとベルリン・フィルを知っていると、この2者は最初から一心同体だったような印象を持ってしまいます。
しかし、当然ながら最初からあの独特のサウンドが出来上がっていたわけではありません。
このセットの最初に収められているのは、1953年9月8日のベートーヴェン「英雄」。まだカラヤンがベルリン・フィルの首席指揮者となる前の演奏です。
カラヤンは1955年からベルリン・フィルを本格的に率いるようになり、その後30年以上に及ぶ長い時代を築いていきます。
つまりこのボックスには、後に世界中で知られることになる「カラヤン&ベルリン・フィル」が形成されていく最初の時期が記録されているわけです。
後年のカラヤンとは少し違う演奏が聴ける
カラヤンというと、流麗な弦楽器、分厚い低音、輝かしい金管、そして隅々まで統制された演奏をイメージする人が多いと思います。
特に1960年代後半から1970年代に完成していくベルリン・フィルの音は、一度聴けばカラヤンと分かるほど特徴があります。
ところが、このセットの前半に収録された1950年代の演奏を聴くと、それとは少し違った姿が見えてきます。
後年ほど音を滑らかに磨き上げる方向一辺倒ではなく、曲によってはテンポやアクセントが思いのほか大胆です。
ベルリン・フィル公式も、この時期のライヴについて、カラヤンが演奏者をある程度自由にしながら、時には後年より極端なテンポやアクセントを採っていることに注目しています。
完成されたカラヤンだけを知っている人ほど、この変化は面白いところでしょう。
「英雄」が1953年と1969年に収録されている
このセットで特に面白いのがベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」です。
最初のDisc 1に1953年9月8日の「英雄」が収録され、最後のDisc 24にも1969年9月21日の「英雄」が収録されています。
つまり、同じ指揮者、同じオーケストラ、同じ作品で、16年間の変化を直接聴き比べることができます。
これは偶然というより、このボックス全体を象徴する組み合わせのように思えます。
1953年のカラヤンと1969年のカラヤン。
テンポだけでなく、弦の厚み、和音の作り方、オーケストラ全体の重量感などにも変化があり、後年知られる「ベルリン・フィルのカラヤン・サウンド」がどのように形成されていったのかを感じ取ることができます。
ベートーヴェン第9番は複数の演奏を収録
ベートーヴェンの交響曲第9番も複数収録されています。
カラヤンにとって第9は重要なレパートリーで、ベルリン・フィルとのスタジオ録音も何種類も残しています。
それだけに、ライヴでどのような演奏をしていたのかを比較できるのは興味深いところです。
なかでも歴史的な意味を持つのが、1963年10月15日に行われたベルリン・フィルハーモニー開館記念演奏会です。
現在までベルリン・フィルの本拠地となっているフィルハーモニー。その新しいホールの門出を飾ったカラヤンの第9が、このボックスに収録されています。
単なる名演奏集ではなく、ベルリン・フィルというオーケストラの歴史そのものを記録したセットでもあるわけです。
グレン・グールドとのベートーヴェンも収録
ソリスト陣も豪華です。
なかでも目を引くのがグレン・グールド。
1957年5月26日の演奏会で、カラヤン&ベルリン・フィルをバックにベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏しています。
グールドとカラヤンというと、一見すると音楽に対する考え方がまったく違いそうな2人です。
極めて個性的なグールドと、巨大なオーケストラを統率するカラヤン。
この2人が同じ舞台に立った記録を聴けるだけでも、カラヤンやグールドのファンには価値があるでしょう。
シュヴァルツコップ、フルニエ、ロストロポーヴィチらも登場
ほかにも、この時代を代表する名演奏家が登場します。
エリーザベト・シュヴァルツコップはR・シュトラウスを歌い、ピエール・フルニエは「ドン・キホーテ」に登場。
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチをはじめ、当時を代表するソリストとカラヤン&ベルリン・フィルとの共演も、このセットの魅力です。
ベルリン・フィル側にもロタール・コッホをはじめとする名奏者が在籍しており、単に「カラヤンの演奏」というだけでなく、1950~60年代のベルリン・フィルの奏者を聴く楽しみもあります。
珍しいレパートリーも入っている
カラヤンは非常に録音の多い指揮者です。
ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、チャイコフスキー、R・シュトラウスなどは、何種類ものスタジオ録音があります。
その一方、このセットにはカラヤンのディスコグラフィーでは珍しい作品も含まれています。
リゲティの「アトモスフェール」は、その代表でしょう。
後年のカラヤンというとロマン派の巨大作品のイメージが強いのですが、当時の現代音楽にも積極的に取り組んでいたことが分かります。
リヒャルト・ロドニー・ベネットの作品など、カラヤンの通常のレコードカタログを眺めているだけではなかなか出会わない曲も収録されています。
「いつものカラヤンの名曲」をもう一度買うセットではなく、こうした珍しいレパートリーに触れられる点も魅力です。
海外ではどう評価されているのか
発売後、海外のクラシック音楽サイトでもこのセットはかなり詳しく取り上げられています。
複数の海外レビューを読んでみると、評価はかなり興味深いものでした。
ライヴならではの緊張感を評価する声
英国のレビューでは、カラヤンの有名なスタジオ録音とは違い、ライヴならではの危うさや勢いが残されている点が高く評価されています。
カラヤンは「完璧に作り込まれたスタジオ録音」のイメージが非常に強い指揮者です。
それに対して、この放送録音では演奏会でしか起こらない微妙な揺れや勢いが残っています。
私は、そこがこのセットを買う一番の理由ではないかと思います。
スタジオ盤と同じだったら、わざわざ24枚のライヴ録音を買う意味は薄くなります。
「オーケストラとの関係の変化を追える」という評価
MusicWeb Internationalでは、このセットを単なる未発表音源集ではなく、カラヤンとベルリン・フィルの関係が約15年以上かけて変化していく様子を聴くことのできる歴史的資料として評価しています。
これは私も非常に納得できます。
1953年の「英雄」から1969年の「英雄」までを順番に聴いていくと、個々の演奏の優劣だけではなく、オーケストラそのものが変化していく面白さがあります。
後の1970年代に完成するカラヤン&ベルリン・フィルのサウンドを知っていれば、なおさら楽しめるでしょう。
音質については評価が分かれる
一方で、音質については注意が必要です。
1950年代の録音を中心にモノラル音源が多く、現在の優秀録音やカラヤンのドイツ・グラモフォン盤と同じ音を期待するものではありません。
海外レビューでも、放送局のエンジニアによる録音保存や今回のリマスターについては高く評価する声が多い一方、初期の音源には帯域の狭さや音場の窮屈さを指摘する意見があります。
逆に1960年代後半になると録音状態も良くなり、1967年以降にはステレオ録音も登場します。
その意味では、24枚を年代順に聴きながら録音技術そのものの進歩を感じることもできます。
音質重視で買うセットというより、「1950~60年代のカラヤンを良好な状態で現在に蘇らせた歴史的音源集」と考えた方がよさそうです。
演奏については必ずしも絶賛一辺倒ではない
海外での評価が面白いのは、何でも「歴史的名演」と持ち上げているわけではないことです。
バッハやヘンデルなどの古楽系レパートリーについては、現在の演奏スタイルからすると重く古風に感じるという評価があります。
一方で、ベートーヴェン以降の作品やR・シュトラウス、リゲティなどについては高く評価する意見が目立ちます。
また、1969年のシェーンベルク「管弦楽のための変奏曲」やチャイコフスキー第5番などについて、スタジオ盤より演奏に電気が走るような勢いを感じるというリスナー評もありました。
24枚すべてが「決定盤」というより、作品によってスタジオ盤とは違う発見があるセットと考えるのがよいでしょう。
カラヤンのスタジオ録音と聴き比べると面白い
カラヤンの場合、このボックスに収められている作品の多くに有名なスタジオ録音があります。
これは一見すると欠点のようですが、むしろ最大の楽しみ方になります。
例えば「英雄」やチャイコフスキー第5番、R・シュトラウスなどを、同時期のドイツ・グラモフォン盤やEMI盤と比べてみる。
すると、同じ解釈をそのままコンサートで再現しているわけではないことが分かります。
テンポが違ったり、オーケストラが前に出たり、逆にスタジオ盤の方が圧倒的に音が美しい作品もあります。
「どちらが上か」を決めるというより、カラヤンがレコード制作と演奏会をどのように使い分けていたのかを聴くのが面白いと思います。
128ページのハードカバー冊子付き
24枚のディスクに加えて、128ページのハードカバー冊子も付属します。
ベルリン・フィル自主レーベルの大型ボックスらしく、単なるCD収納箱ではなく、写真や解説を含めた資料性の高い作りになっています。
カラヤン研究で知られるPeter Uehlingや音楽評論家James Jollyらによる文章も収録され、カラヤンのリハーサル、コンサートの考え方、当時のプログラム構成などについて紹介されています。
音だけでなく「ベルリン・フィルの歴史資料」を所有する感覚に近い商品でしょう。
第2集「1970~1979」とは性格がかなり違う
その後発売された第2集「ライヴ・イン・ベルリン 1970~1979」は、すでにカラヤンとベルリン・フィルの関係が成熟し、独特のサウンドが完成した時代を収録しています。
それに対して今回の第1集は、その完成までの過程を見るセットです。
個人的には、この2つは同じシリーズでも少し違う楽しみ方ができると思います。
第1集=カラヤン&ベルリン・フィルが出来上がっていく時代
第2集=完成したカラヤン&ベルリン・フィルの黄金期
という分け方が一番分かりやすいでしょう。
どんな人におすすめか
価格も安いセットではありませんし、1950年代のモノラル録音も含まれます。
そのため、カラヤンを初めて聴く人に最初の1セットとしておすすめする商品ではないと思います。
逆に、すでにカラヤンのベートーヴェンやブラームス、R・シュトラウスなどのスタジオ盤を何枚も持っている人には非常に面白いセットです。
知っている演奏と比べながら、「本番ではこう演奏していたのか」と確認できます。
また、ベルリン・フィルの歴史や1950~60年代の演奏文化そのものに興味がある人にも価値があります。
カラヤン&ベルリン・フィルの1950~60年代には、現在でも中古市場で見かけるLPレコードが数多くあります。 ドイツ・グラモフォンの輸入盤、帯付き国内盤、初期盤、箱入り全集などは、同じカラヤンでも盤によって扱いが変わります。
古いレコードを整理する場合に確認しておきたいポイントは、 カラヤンのレコード買取ガイド でも紹介しています。
まとめ
『カラヤン&ベルリン・フィル/ライヴ・イン・ベルリン 1953~1969』は、単に「カラヤンの未発表ライヴが24枚入っている」というだけのボックスではありません。
1953年から1969年という長い期間を通して、カラヤンとベルリン・フィルが互いに影響し合い、後に世界的に有名になる独自のオーケストラ・サウンドを作っていく過程を聴けるところに最大の価値があります。
録音状態には年代による差がありますし、収録されたすべての演奏がスタジオ盤を上回るわけでもありません。
しかし、それも含めて面白い。
完璧に磨き上げられたレコードだけでは分からない、演奏会でのカラヤンとベルリン・フィルの姿が残されています。
特に1953年と1969年、2つの「英雄」を最初と最後に置いて聴き比べると、この16年間に何が起こったのかがよく分かります。
1970年代のカラヤン&ベルリン・フィルが好きな人なら、その「黄金期がどのように出来上がったのか」を知るためにも、一度聴いてみたいボックスです。





